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神戸地方裁判所 平成10年(ワ)1191号 判決 1999年6月30日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、各原告に対し、いずれも三〇八万七七〇〇円及びこれに対する平成一〇年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告寺下一弥(以下「原告一弥」という。)及び同寺下徹弥(以下「原告徹弥」という。)に対し、右原告らの被告に対する三一一万一三六一円及びこれに対する平成一〇年一二月一日から支払済みまで年5.75パーセントの割合による金員の支払義務が存在しないことを確認する。

被告は、原告寺下達弥(以下「原告達弥」という。)に対し、同原告の被告に対する三一一万一四八二円及びこれに対する平成一〇年一二月一日から支払済みまで年5.75パーセントの割合による金員の支払義務が存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  第一項につき仮執行宣言

第二  事案の概要

一  事案の要旨

原告らは、いずれも、被告との間で被保険者を寺下小弥太(以下「小弥太」という。)とする終身保険契約(以下「本件各保険契約」という。)を締結しているところ、被告は、原告らが本件各保険契約の契約者貸付制度による貸付(以下「本件各貸付」という。)を受けたとして、右各貸付金と本件各保険契約上の各配当金とを相殺したとの処理をした。原告らは、本件各貸付を受けた事実はないと主張して、被告に対し、右各配当金の支払を求め、また、右相殺処理後の貸付金債務が存在しないことの確認を求める。

二  前提事実

1  原告らと被告との間でいずれも契約日を昭和五六年一二月一日、被保険者を小弥太、死亡保険金を三〇〇〇万円(その後、二一〇〇万円に減額)とする終身保険契約(本件各保険契約、原告一弥につき証券番号八一一二組〇八四五九〇―六号、原告徹弥につき証券番号八一一二組〇八四五九二―四号、原告達弥につき証券番号八一一二組〇八四五九一―五号)が、締結されている(当事者間に争いがない。乙一ないし三の各1・2)。

2  被告は、毎年、本件各契約の契約応答日ころ、「契約者貸付金の残高」を含む契約の現況を原告らに報告する「ポピーだより」と題する書面を送付している(当事者間に争いがない。甲四ないし六)。

3  被告は、本件各貸付契約に基づく貸付金として、原告一弥及び同徹弥に対し、それぞれ昭和六一年五月六日に一四四万七〇〇〇円、昭和六二年六月一一日に一五八万〇〇九一円、合計三〇二万七〇九一円の貸付をし、また、原告達弥に対し、昭和六一年五月六日に一四四万七〇〇〇円、昭和六二年六月一〇日に一五七万九七四八円、合計三〇二万六七四八円の貸付をした旨の各借用証書(以下「本件各借用証書」という。)が存在する(甲一ないし三の各1・2)。

4  被告は、平成一〇年一一月三〇日、本件各保険契約の約款に基づき、原告らに対する配当金である生存保険金(各三〇八万七七〇〇円)と本件各貸付金とを対当額で相殺する旨の処理をしている。右相殺処理後の貸付金額は、原告一弥及び同徹弥に対して三一一万一三六一円、原告達弥に対して三一一万一四八二円となる(甲一一ないし一三)。

三  争点

1  本件各貸付契約は、原告らと被告との間で有効に締結されたか。

2  被告は、原告らに対し、民法四七八条の類推適用により、本件各貸付の有効性を主張できるか。

四  争点についての当事者の主張

1  争点1(本件各貸付は、原告らと被告との間で有効に締結されたか。)について

(被告)

(一) 原告らが自ら本件各貸付契約を締結したことは、以下の事情から推測することができる。

(1) 原告らは、本件各保険契約の各保険証券(以下、本件各保険証券」という。)を所持しており、本件各借用証書と本件各保険証券の印影が同じである。また、本件各保険証券の裏書事項の「会社事務処理欄」には、本件各貸付がされた事実とその年月日が記載されている。

(2) 被告は、本件各貸付金を本件各借用証書によって指定された原告ら名義の預金口座に振り込んだ。

(3) 被告は、原告らに対し、以下の各書面を送付しているが、原告らからは、平成九年三月ころまでの間、何らの申出がされていない。

① 本件各貸付手続の完了日から四営業日内に「契約者貸付金お手続完了のお知らせ」と題する通知(乙四)を送付している。

② 毎年、各生命保険契約の契約応答日ころ、「契約者貸付金の残高」を含む契約の現況を通知する「ポピーだより」と題する書面を送付している(甲四ないし六)。原告らに送付された「ポピーだより」のうち、少なくとも昭和六二年に送付されたものからは契約者貸付金額の記載がされている。

③ 毎年、本件各貸付の利息期日到来日の前月四週末(五月の四週末)に、「契約者貸付金のご返済のおすすめ」と題する書面(乙五)を送付している。

(二) 仮に、原告らが自ら本件各貸付契約を締結しなかったものとしても、原告らは、父である小弥太に本件各保険契約に関して全面的な管理処分権限を付与しており、小弥太は、右権限に基づき、原告らを代行して、本件各貸付契約を締結したのである。すなわち、原告らは、昭和六二年ころ、小弥太が、原告ら名義で本件各保険契約を締結していることを知ったが、その後も本件各保険証券の保管を小弥太に委ね、保険料の支払も小弥太に任せていたのである。そうすると、原告らは、昭和六二年ころ、小弥太による本件各保険契約の締結と契約者貸付について追認するとともに、以降の本件各保険契約の管理処分を全面的に小弥太に委ねていたと推測することができる。

(三) 仮に、原告らが小弥太に本件各保険契約の包括的な管理処分権限を委ねたものではないとしても、前記(一)(1)ないし(3)の事実に照らせば、原告らは、小弥太あるいは他の者による本件各貸付を追認したものというべきである。

(原告ら)

原告らは、自ら本件各貸付を受けたものではない。すなわち、本件各借用証書に押捺してある印鑑は原告らのものではないし、本件各貸付金の振込口座は原告らが開設したものではない。また、原告らは、本件各保険契約の締結については、小弥太にその代行権限を付与したが、本件各貸付については、代行権限を付与していないし、追認したこともない。原告らは、被告が送付したと主張する各書面は、開封もせず、放置していたから、その内容を知らなかった。原告らが本件各貸付の事実を知ったのは、平成九年一月四日付のポピーだよりを見たことによる。

2  争点2(被告は、原告らに対し、民法四七八条の類推適用により、本件各貸付の有効性を主張できるか。)について

(被告)

(一) 契約者貸付制度は、保険契約者の要求に応じて貸付をする約款上の義務である点で弁済に類似しており、経済的、実質的にみれば、保険金又は解約返還金の前払の性質を有するから、民法四七八条の類推適用により、貸主たる保険会社が金融機関として必要な注意義務を果たせば、貸付自体が有効となる。

(二) 被告は、以下のとおり、右注意義務を果たしている。

(1) 本件各貸付に当たっては、記入済みの本件各借用証書が被告に郵送されてきたものであるが、被告は、保険証券と本件各借用証書との印影の同一性を確認している。

(2) 被告は、本件各貸付金を本件各借用証書において指定された原告ら名義の預金口座に振り込んでいる。

(原告ら)

以下のとおり、被告は、本件各貸付の借受人の確認に当たり、必要な注意義務を尽くしていないから、被告は、原告らに対して本件各貸付の有効性を主張することはできない。

(一) 被告は、本件各貸付に当たって、借受人に対して、実印、印鑑登録証明書、健康保険証などの身分を証明するものの提示を求めていない。

(二) 本件各借用証書の借受人(ご請求者)の原告らの署名は同一の筆跡でされており、しかも、右筆跡は保険証券の契約者の署名の筆跡と異なる。

(三) 本件各借用証書の原告ら名下の印影は三文判によるものである。

(四) 本件各保険契約の保険料支払は兵庫県医師会からの振替送金によるものであるから、原告らが管理する口座と推認できない。また、本件各借用証書に記載された原告名義口座が本件各保険証券の所持人が指定したものであるとしても、原告らが管理する口座と推認されるものでもない。

第三  判断

一  前提事実及び証拠(甲四ないし一四、乙一ないし三の各1ないし6、九の1ないし3、一一の1ないし3、一二、原告寺下一弥)並びに甲一ないし三の各1・2の存在によれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告らの父である小弥太は、寺下診療所を経営する医師であるが、被告との間で、節税目的で、昭和五三年五月一日を始期とし、子供である原告ら(当時原告一弥が高校三年、原告徹弥が高校一年、原告達弥が中学三年)を契約者として自己を被保険者とする生命保険契約を締結した。その際、原告らの住所は、小弥太と同じ住所とした。

2  小弥太は、昭和五六年一二月一日、被告との間で、右各生命保険契約を本件各保険契約に転換することを合意した(昭和五七年一月一日から右変更の効力発生)。

3  小弥太は、本件各保険証券(甲七ないし九)を保管し、保険料を支払っていたが、右保険料は、兵庫県医療信用組合を通じて振替送金により原告ら三名分を一括して振り込むことにより支払っていた。

4  小弥太は、昭和六二年ころ、原告らに対して、本件各保険契約の存在を知らせたが、その後も、本件各保険証券を自ら保管し、保険料の支払を続けた。原告らも特に、本件各保険契約に関心を示さず、小弥太の管理に任せていた。

5  本件各貸付は、本件各保険契約の約款(乙六)のいわゆる契約者貸付制度によるものであるが、右貸付に当たっては、本件各保険証券と被告所定の借用証書に所定事項が記入されたもの(本件各借用証書)が郵送により被告に送付されてきた。本件各借用証書には、原告らの各署名の名下に本件各保険証券に押捺されていたと同一の印影が押印されていた。そして、貸付金の振込先として太陽神戸銀行の原告ら名義の預金口座が記載されており、連絡先住所として本件各保険証券と同様に小弥太と同一の住所が記載されていた。被告担当者は、右印影の対象により、本件各保険契約の契約者である原告らが契約者貸付を申し込んだものと判断し、右各預金口座に希望額を振り込んだ。

6  被告担当者は、郵送されてきた本件各保険証券の裏書事項に会社事務処理欄に本件各貸付をした旨及びその日付を記載した上、これを原告ら宛に返送した。そして、被告は、前提事実に記載したごとく、原告ら宛に、本件各貸付の手続完了日から四営業日後に「契約者貸付金お手続完了のお知らせ」と題する書面を、また、毎年、本件各貸付の利息期日到来日(原告一弥及び同徹弥は六月一一日、同達弥は六月一〇日)の前月四週末に「契約者貸付金のご返済のおすすめ」と題する書面を、さらに、毎年、本件各保険契約の契約応答日ころ、契約の現況(契約者貸付金の残高も含む)を知らせる「ポピーだより」と題する書面を送付している。原告らは、右各書類に関心を持たず、専ら小弥太にその受領と保管を委ねていたところ、小弥太の健康状態が悪化して、相続処理を意識するようになった平成九年一月ころ、同月四日付けの「ポピーだより」に目を通して初めて、本件各貸付の事実を知った。なお、小弥太及び原告らは、右平成九年三月ころまでの間、被告に対して本件各貸付について問い合わせをしたり、苦情を述べたことはない。

7  被告は、平成一〇年一一月三〇日、本件各保険契約の約款二条八号の規定に基づき、原告らに対して支払義務のある生存保険金各三〇八万七七〇〇円と本件各貸付金とを対当額で相殺するとの処理をし、その結果、本件各貸付金残高は、原告一弥及び同徹弥は三一一万一三六一円、同達弥は三一一万一四八二円となった。

二  争点1(本件各貸付契約は、原告らと被告との間で有効に締結されたか)について

1  右認定事実に照らせば、原告らは、直接、被告との間で本件各貸付契約を締結したものでないことは明らかである。

そして、右認定事実に照らせば、本件各貸付は小弥太により申し込まれたものと推認することができる。すなわち、小弥太は、原告らを代行して本件各保険契約を締結した上、本件各保険証券を保管し、保険料を支払っていたものである。そして、本件各貸付に当たっては、本件各保険証券と記入済みの本件各借用証書が一括して被告に郵送されてきた上、本件各借用証書の原告ら名下の印影は、本件各保険証券の契約者名下の印影と同一であった。そして、貸付金は、本件各借用証書に記載されていた原告ら名義の預金口座に振り込まれ、貸付手続完了後には、保険証券の裏書事項欄に契約者貸付がされた旨及びその日付が記載されて小弥太の住所に返送されており、また、契約者貸付が行われたことを示す前記の各書類が小弥太の住所に送付されているところ、小弥太は、これに対し、被告に問い合わせをしたり、苦情を述べたりしていないのである。これらの事情に照らせば、小弥太が本件各貸付の申込者であり、貸付金を受領したと推認するのが相当である。原告らは、本件各保険契約の担当保険外交員が無断で本件各貸付を申込んだ旨を陳述(甲一四)し、また、原告一弥は、同旨を供述する。しかし、これらはいずれも明確な証拠あるいは記憶に基づくものではなく、単なる憶測にすぎないものであって信用性は極めて薄弱であり、右の認定、判断を左右するに足りるものではない。

2  そこで、原告らが、本件各貸付申込について、小弥太に代行権限を付与していたかどうかについて検討する。

右認定事実によれば、原告らは、昭和六二年ころに小弥太から、本件各保険契約の存在を聞かされながら、その後も、保険料の支払や保険証券の保管等を小弥太に継続して委ねていたのである。そうすると、原告らは、本件各保険契約の締結を追認し、その後の保険料支払等その継続に関する事務について小弥太に代行権限を与えていたものということができる。しかし、本件各貸付は、本件各保険契約の約款(二六条)に基づく契約者貸付制度によるものであり、解約返還金額の範囲内を限度とする貸付ではあるが、本件各保険契約の締結とは別個の契約であって、借受人にその返済義務を負わせるものであることに照らせば、先にみた事情が存在するとしても、原告らが、小弥太に対し、本件各貸付についてまで代行権限を与えていたものと直ちにいうことはできない。

3  被告は、原告らが被告から前記の本件各貸付の事実を示す各書類の送付を受けながら、被告に苦情を述べていなかったことから、原告らは本件各貸付を追認したものと主張する。しかし、右認定事実によれば、本件各保険証券は小弥太が管理しており、右各書類も小弥太が受領、保管していたものであって、原告らは、平成九年一月までは右各書類の内容を了知していなかったというのであるから、原告らが本件各貸付を追認したということはできない。

4  以上のとおりであるから、原告らと被告間に本件各貸付契約が有効に締結されたということはできない。

三  争点2(被告は、原告らに対し、民法四七八条の類推適用により、本件各貸付の有効性を主張できるか。)について

1  本件各保険契約の約款(乙六)二六条一項によれば、「保険契約者は、解約返還金額の範囲内で貸付を受けることができる」とされており、同条四項及び二条八項によれば、保険金又は解約返還金の支払の際に右貸付金の元利金が差し引かれる旨定められている。本件各貸付は、約款上の義務としての右契約者貸付金制度に基づいて行われたものであって、その経済的実質においては、保険金又は解約返還金の前払と同視することができる。そうすると、保険会社が契約者貸付制度に基づき、契約者と称する者の申込による貸付を実行した場合において、右の者を保険契約者と認定するにつき相当の注意義務を尽くしたときは、保険会社は、民法四七八条の類推適用により、保険契約者に対し、右貸付の効力を主張することができると解するのが相当である。

2  本件について、これをみるに、被告に、本件各保険証券三通及び被告所定の用紙に記入済みの本件各借用証書が郵送されてきたものであり、本件各借用証書には、申込者として本件各保険契約の契約者である原告らの署名押印がされ、連絡先住所として本件各保険証券と同一の住所が記載され、また、貸付金の振込先として原告ら名義の預金口座が記載されていたのである。被告担当者は、本件各保険証券の原告ら名下の印影と本件各借用証書の原告ら名下の印影を対照して、その同一であることを確認した上、本件各貸付金を指定された原告ら名義の預金口座に振り込んだというのである。そして、契約者貸付制度による貸付は画一的で大量の事務処理であることに照らせば、被告は、契約者貸付の際の借受人と保険契約の契約者との同一性を判断するに際し、右に述べた審査をしたことにより、保険会社として求められる相当の注意を尽くしたものというべきである。

3  よって、被告は、本件各貸付の有効性を原告らに対して主張することができるというべきである。

四  以上のとおりであるから、本件各貸付契約の効力は原告らに及び、また、被告が本件各保険契約の約款に基づいて行った前記相殺処理も原告らに対し有効というべきである。したがって、これらが原告らに対して無効であることを前提とする原告らの本訴請求は、いずれも理由がないことに帰する。

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